「通弁」クリエイティブ翻訳コラム

クリエイティブ翻訳ライティングに携わる日常の取り組みにおいて、
気づいたこと、考えたことなどをエッセイ風にまとめています。

横展開、言語フィルター通しの弊害とは?
読むのが苦しい翻訳ライティング
理解しようとする意欲も減退


学生時代にテキストとして読まされた翻訳本には悩まされたものです。

勉強とはこんなにつまらないものかと思わせる、まさに、「迷訳」だったような気がします。自分のやる気のなさや不真面目さをテキストのせいにするつもりはありませんが、それでもわかりにくいのが翻訳本のテキスト。だいたい、何が書いてあるのか、容易に理解することができない。関係代名詞を含む訳文はたいてい、「〜するところの○○」といった調子で、「〜するところの○○の〜するところのXXにおける〜するところの△△…」と長い文章が延々と続き、文章の最後のほうでは、前半に何が書いてあったか忘れてしまうので、また文頭に戻って… というようなことで、効率も悪い。よくわからないのに読まなければならないのでストレスと疲労がたまる。そんなふうだから、もちろん、楽しくない。結局、楽しくないものは、勉強しなくなるという結果に終わってしまうのです。

自分では忍耐力と我慢はあるほうだと思っていましたが、どうも、こういう種類の我慢はできない性格のようで、もちろん、ずば抜けて頭脳明晰でもありません。学生時代のクラスメートたちは、そういう意味では真面目で優れた頭脳の持ち主が多かったのか、余計なことは考えず素直に勉強していたようです。これは、自分自身の単なる我がままかもしれませんが、昔から、わからないものには興味がわかないのです。もちろん、今でもその傾向はあります。が、逆に言えば、理解できるものであれば、たいていのことには興味を持つことができるという面もあります。

社会人になって発見したのが、どんな分野もそれなりにおもしろいということ。自然でわかりやすい(普通の)文章で書かれた書物なりを読むことで、たいていの分野のことは理解できると思います。そして、そのためには、いかにわかりやすく、優れたソースを選ぶかが重要になってきます。

ところで、大学などで使う翻訳本とは、その筋に詳しい教授などが、成績の良い(と言っても良い文章が書けるというわけではない)学生たちを使って翻訳させ、ざっと目を通すといった過程を経て出版されているというのが定説です。とは言え、当時はそんな「裏話」を知る由もないので、ひたすら、勉強とは往々にしておもしろくないものだという観念を持ってしまったようです。

一方で、大学というアカデミックな世界では、やたら難しく書かれた(偉い先生方の)書物というものは、それだけでなにか「有難い」(しかも価格も高い!)というようなイメージがあり、そういった難しいものを読んで理解している自分たちも偉くなったような気がする傾向があったのかもしれません。

今にして思えば、その分野のことを知らない読者にわかりやすく説明しようとする(実はこのほうがすごく難しいわけですが)意志がなかったのか、あるいは、その必要はないと考えていたのか、もっとわかりやすい文章で表現された翻訳本であれば、もっと理解もできただろうし、いろんな分野の知識を得ることのおもしろさを体験することができたはずです。

どうしたら読者に読んでもらうか―これは、日本語、英語に限らず、ライティングにおける永遠のテーマであるはずです。たとえ、仕事でどうしても読まなければならない情報であったとしても、忍耐力と我慢で読まなければならない場合と、楽しく、興味を感じながら自発的に読むというのでは、情報のインプットのされ方が断然違うのは言うまでもありません。

だからこそ、情報の発信者は文章を工夫するわけであり、ビジネスの世界では、往々にしてプロのライターに委ねられるのです。

ライティングを専門としていない担当者などによって、間に合わせ的に書かれた文章は、やはり、読みづらく、わかりにくいものになる傾向があります。人間、易きに流れるものであって、ましてや、学校を卒業してまで小難しいものを読んで頭を痛めたくないというのが本音ではないでしょうか。中には、そういった頭脳の訓練はボケない秘訣だとかで、難解書物の謎解きが好きな人もいるかもしれませんが、ビジネスにおけるコミュニケーションの世界ではあまり関係のない嗜好だと言えます。というわけで、コミュニケーションの大切さを理解している担当者であれば、広く情報発信する場合には、プロのライターに依頼するのが普通です。特殊な分野のことを一般の人にわかりやすく説明するというのは、それだけで専門的なスキルが必要であるということがわかっているからです。そして、そのためには、面倒がらずに、特殊分野の知識や情報をライターにインプットし、育てようとするのです。

こうして、優れた依頼元担当者の指導と日本語のライターの努力によって書かれた文書(日本語)が完成します。ところが、英語版の作成となるとどうでしょう。この優れた日本語の文書をそのまま英文に直せば、良い英語版ができるかというとそんなことはありません。日本語でもそれほど尽力して作成しているにもかかわらず、英語は「横展開」でよいというのでは、第一、せっかく良くできた日本語版に対しても義理が立たない(?)のではないかと思うのです。日本語は良いものが出来た、これを英語に訳すとそのまま良い翻訳になるだろうという考え方は、大きな誤解と言わざるを得ません。

そもそも、「翻訳」という業務は、原文で表現された考え方や情報を、異なった言語によって「表現しなおす」営みであり、決して、翻訳先の言語という「フィルター」を通して終わり、という作業ではないはずなのです。二つの言語の特質や文化・歴史的なところまで深く入り込み、キーとなる言葉や表現と対話するような心構えで、ひとつひとつ取捨選択していく、知識、経験、感性を総動員させた、「創造」のひとつのカタチだとも言えます。語り手、受け手両方の思想・精神的、文化的な背景を照らし合わせたうえで、最も力強い言葉や表現を選び、構築していくという緊迫感をともなった創造の営み。それは、「ギリギリ」のところまで見極めながらの「対話」や「語りかけ」であり、それによって、アウトプットされた「成果物」そのものが、力強いものになってくるのではないかと考えています。



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