「通弁」クリエイティブ・ライティングコラム
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 日本語vs英語(その3) >> 自由自在の日本語表現

外来語をどんどん日本語ナイズする柔軟性
日本語は表現の自由度が高い、実にフレキシブルな言語だと言えます。なかでも顕著なのは、外来語をどんどん取り入れ、日本語化してしまうという点があげられます。それというのも、漢字、ひらがなの他にカタカタという便利な表記法があるからで、極端な話、昨日耳にした英単語が、今日にはカタカナ読みになって人々の口から出てくるということも可能なのです。この点、漢字という表記法しかないため、音および意味という視点から漢字を選び、正式に語彙に導入しなければならない中国語とは大きく異なります。

とくにITやビジネスの世界では外来語が花盛りです。オフィスで発言力を持つだれかが使い始めれば、それが広がって関連部署の人たちが使うようになる。そして、その会社の取引関係の会社にも広がり、いつの間にか、みんなが使っているということが往々にして起こります。中には、意味をしっかり理解する余裕もなく、なんとなく使っているという場合もあり、それだけ流通するスピードが速いわけです。

古いところでは「リストラクチャリング」 (restructuring)。発音しやすいように「リストラ」という四文字になって、しかも、その意味するところも「人員整理」や「解雇」といった独自の定義を持ったものへと「日本ナイズ」されたものになっています。その他、「コア・コンピタンス」、あるいは、「サステナビリティ」 (sustainability)、「セレンディピティ」 (serendipity) などというちょっと苦しいものもあります。こうなると、後期高齢者にとっては、ますます何のことかわからなくなってきます。心的外傷を意味する「トラウマ」は「虎」と「馬」と何か関係あるのかとか、じゃあ「リストラ」は「栗鼠(りす)」と「虎」なのかといった疑問は、実際、笑い話ではすまされないかもしれません。

また、取り入れた外来語をそのまま、あるいは、長ければ略したものを名詞だけではなく、動詞として流用することも可能です。行動を表す「―する」をつければいいわけで、「メール」する、「エントリー」する、「リストラ」する(される)。最近では、外来語としては新しくはないのですが「ランチ」する、というのもあります。これらは、[外来語] + [―する] という方程式に当てはめれば、いとも簡単に成語できるのです。もちろん、英語では、do maildo entry などというわけにはいかず、send e-mailmake an entry など、対象となるものによって使う動詞が限られてきます。「新しい感覚でこういう組み合わせもいいじゃないか?」と言っても、英語ではそれは通用しないということになります。もっとも、最近では、do lunch 「いっしょにランチを食べる」といった言い方もあるようですが、あくまでも俗語であり、正式な表現でありません。

上の例とは逆に、前述の「日本ナイズ」のように、[本来の日本語] + [外来語] というパターンもあるようです。「~化する」ということですが、「~ナイズ」というと、また違ったニュアンスが出てくるということでしょう。また、名詞の前に定冠詞 the をつけた「ストップ・ザ・ついらく」などの表現、製造業でもよく使われる「鉛レス」、人物などの前につけて「ポスト阿部」など、これを日本人は節操がないというのか、何でも取り入れるエネルギーというのかは別にして、自由に造語を作ってしまえるのが日本語の特色でもあると言えます。

さらに、外来語だけでなく、「取捨選択」や「品質管理」など、2つ以上の漢字熟語を組み合わせて新しい言葉を作る場合や、動詞を2つ重ねた動詞である「受け取る」(受けて+取る)、「咲き乱れる」(咲いて+乱れる)といった表現もあり、翻訳する場合、悩ましいものがあります。

漢字を使った熟語の場合、それぞれが「動詞と目的語」の関係なのか、目的語は省略されていて動詞だけを重ねた場合なのかもあいまいになります。組み合わせごとに英語の単語を選び、構文を決定する必要がでてくるのです。「受け取る」(受けて+取る)、「咲き乱れる」(咲いて+乱れる)の場合も、英語としてどのように処理するかを考える必要があり、receive and takebloom and disorder などと単純に英単語を組み合わせるだけでは意味が通じません。

語彙だけでなく、関連性の薄い2つ以上の情報を1文として並列で並べて表現できるのも日本語の特徴です。たとえば、「人々の生きがい産業の未来のために」、「環境福祉を充実させるために」など、概念レベルが違う2つの概念を並列で使用し、その2つを強引にくくったキャッチフレーズなどもよく見られます。

日本語ならさらっと流してしまうようなものであっても、自然な英語に翻訳しようとすると違和感がでてきます。情報の関連性や論理性という意味でもピンと来ないため、非常に苦労するのです。そのまま同じレベルで考えられない異なる言葉を連ねることで奇妙な違和感が発生することになります。英語化する場合は、いかにして同列になる語彙を補うか、あるいは、主従の関係へと構築してロジックを創り出すか、といった処理が必要になってきます。


参考:中公新書 『日本人の発想、日本語の表現』 森田良行著 | ちくま新書 『戦略的思考ができない日本人』 中山治著 | 講談社選書メチエ『日本語に主語はいらない』 金谷武洋著 | 岩波新書『日本語』新版(上下) 金田一春彦著 | 講談社現代新書 『日本人の言語表現』 金田一春彦著 |

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