「通弁」クリエイティブ・ライティング実験室
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 演歌の一節を訳してみる >> 「着てはもらえぬセーターを…」

「着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます。」

日本語というのは、割り切れない不条理な言語なのかもしれません。「みれん」とか「どうせ、私のことなんか…」、あるいは、「しょせん、しがない物書き稼業」など、「だから何なんですか?はっきりしてください」と言いたくなるような言い回しが多いのも事実です。こういった言葉というのは、その心の奥底に、「いやいや、そんなことはないよ」、「何を言うんだ、キミは!」など、誰かに言って欲しい、叱って欲しいという日本人特有の「甘え」の心理が見え隠れしているような気がします。

文化論はさておき、こういった不条理な「甘え」の心理がよく現れているのが演歌。その代表格と言えるのがこのフレーズではないかと勝手に思っているわけですが、着てもらえないとわかっているならなぜ編むのか?、そんなに寒いなら無理しなくてもいいだろうに、暖房はないのか?などといった疑問をぶつけていては、演歌特有の「みれん」や「物悲しさ」は表現できません。言うまでも無く、英語で完全に表現しきることは不可能でしょう。しかし、そこをいろいろ試行錯誤してみるのが「実験室」というわけです。

直截表現型
“I’m knitting a sweater, which I know you won’t even try, persevering the cold.”

まず、原文をそのまま表現したものです。まあ、こういうことですよね。persevere という単語を使うことで「耐える」感じが出ます。

説明表現型
“I’m knitting a sweater in the cold. I don’t know if you like it, but I really hope you would try it on.”

前向きな性格の人向けの表現で、伝えたいメッセージとしては、こういう内容になるでしょう。「着てはもらえぬ」と言いながら、実は「着て欲しい」という思いが隠されていると見るのが妥当で(でなければ、最初から編まない、あるいは、こういったことを言わない?)、その辺を素直に表現しています。もっとも、そんなに前向きに、素直な表現ができるのであれば、演歌の歌詞にはならないかもしれません。

ちなみに、もっと「嘆き」感を表現してみると、次のような文章も考えられます。

積極表現型
“I know my handmade sweater means nothing to you. But what else can I do? Only this relieves me, even for a moment, from cold loneliness.”

ウェットな「みれん」感もかなり表現されて来たと思いますが、実際には言及されていない言外の部分を表現しています。つまり、「着てはもらえぬ」というのは、サイズが大きすぎる(あるいは小さすぎる)から着られないとか、デザインや色使いが派手で、ちょっと着るのがはばかられるというのではなく、こんなのもらっても困るんだが(別に欲しくはない)という意味が込められていると考えられます。

また、「寒さ」というのも、天候が寒い、気温が低いというだけではなく、心の寒さも表現しようとしていると思われます。さすがに、夏の浴衣を暑さこらえて縫ってますというのでは、努力的には同じかもしれませんが、演歌の世界ではやや無理があると言えるでしょう。

俳句表現型
“Knitting a sweater (5)
Unworthy of his wearing (7)
Enduring the cold (5)”

俳句は音節の数を「5,7,5」に合わせます。英語の俳句については Haiku Room をご覧ください。

最後に、「歌」なんだからということで、思い切ってアレンジすると、以下のような文章も可能です。

飛躍実験型
“Maybe, baby, you don't like it, oh, oh (It’s so cold...)
Will you try it on even once? (It’s so cold...)
A handmade sweater I’m working on. (It’s so cold... without you... Oohooh...)”


ちょっと行き過ぎの感もありますが、言いたいことは同じです。なんとなく歌詞風にしたつもりですが、実際のメロディーでは歌えないでしょう。( )内はコーラス部分に相当するでしょう。また「寒い」ということを括弧内に何度も入れることで、とにかく寒い→我慢しているという思いを出しました。ただ日本的なしっとりした「みれん」感がやや不在です。

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