クリエイティブ翻訳の起源

「なんだね、これは!キミはこれでいいと思っているのかね!」というのは、とあるクライアントさんからの「お叱り」の言葉。いまはもう昔話になりましたが、駆け出しの頃に作成した英文カタログのリードコピー(文案)に対するクレームです。「普通の文章の羅列で、ヘッドラインにもインパクトがない」というのです。
このクライアントさんは、当時(現在はわかりませんが)は、英語版は日本語版とは独立した形で別途作成という方針を持っておられたため、文章も単なる翻訳ではなく、どちらかというと、日本語版を参考にしながらの「英語での書き起こし」になります。しかも、一般消費財ですから、いかに退屈させず読ませるか―ということが大きなポイントでもあったわけです。
大学卒業後、入社した制作会社では、ここのクライアントさんがメインのお客さまでした。そのため、英語版制作についても、単なる翻訳ではなく、英語のライティングとして作成するというユニークな考え方をしており、リライトやプルーフ・リーディングを行う英語圏のネイティブライターがオフィスに常駐していました。
こういった方法は当時でもめずらしく、「クリエイティブな英文表現スキル」が身に付くという点が大きな魅力でもありました。ちなみに、同時に就職活動をしていた別の制作会社(やはり、大手企業をメインのクライアントさんとして持っていました)では、翻訳会社に依頼した翻訳をベースにしているとのことでした。
英文コピー作成の方法としては、日本語の情報を英語でディレクションしながら、一からネイティブライターに書いてもらうというやり方と、まず、英文コピー担当者が文案を作成し、リライトあるいはチェックをネイティブに依頼するという方法がありました。私も英文コピー担当者として海外制作部門に所属していましたが、制作物の種類や内容に応じて、これらの方法を使い分けていました。
以上のような状況だったので、「クリエイティビティがない」だの、「表現に工夫がない」といった、クライアントさんからのクレームは日常茶飯事。とくに、若年の頃には、英語としてどんな表現がクリエイティブなのか、インパクトがあるのかということが、いまひとつわかりません。自分で「これはいい」と思っていても、ネイティブの感覚からすれば、全然「イケテない」のです。
なかでも、頭を悩ませたのは、ここ一番インパクトのある表現が欲しい!というときに、ネイティブの段階で普通の表現に書き直されて上がってくるということで、冒頭に掲げた例もそんな日常の一コマです。ネイティブの国籍、経験、感性によるところも多いのですが、こちらの表現力が乏しいために「意図が通じていない」ということもあったようです。
ネイティブには意図が通じない、クライアントさんからはお叱りを受ける、で両者の板ばさみ状態になることもありましたが、このような条件や環境が「クリエイティブ翻訳」が生まれた土壌となっています。