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のどかな空気に想うあの場所牛に引かれた鋤が田を耕すと、やがて田植えの季節。早乙女と呼ばれる女性たちが稲の苗の植え付けを、列を成して一斉に進めていく。 緑豊かな田畑の周りで子供たちははしゃぎ回り、花を摘んでは蜜の味を確かめた。 湧水の中で、西瓜が冷えるのをみんなで心待ちにしていた夏。夕暮れには川岸へ、箒と虫かごを持って蛍狩りに夢中になった。こんな歌があったかな…「ほ ほ ほたるこい あっちのみずはにがいぞ こっちのみずはあまいぞ…」 一体ここはいつの時代なのか――そんな思いがよぎる不思議な空間が広がります。 多くの日本人の心に宿る、「どこか懐かしい」という感覚。明治時代(1868~1912)ほど遠くはなくても、昭和時代(1926~1989)を生きた人ならわかる、テレビやエアコン、冷蔵庫も普及していなかった幼ない頃の記憶。 あるいは地方を後にして、すっかり都会人になった今も、昔過ごした里を思い出しては甘い切なさに浸ることでしょう。 若い人でさえも、こんな風景があったのかと、はるか昔の、自分の生まれ得なかった時代の息吹を感じるかもしれません。 ここは京都府南丹市の「美山かやぶきの里」、京都市内からは車で2時間弱の場所にあります。 村全体が生きた博物館そのままに、萱と呼ばれる薄に似た植物の藁を使った民家が現存しています。集落内の50戸のうち38戸がかやぶき屋根で、最も古いものは江戸時代(1603~1867)の半ばまでさかのぼります。 高度な職人技にささえられた機能美夏は涼しく冬は雪を滑らせて積もらないようにするなど、さまざまな気候に対応した「かやぶき」の屋根ですが、今日では非常に希少価値の高いものとなっています。まず、萱を麦藁や竹とバランスよく組み合わせたシンプルで機能的な製法には、長年の経験と専門度の高い知識が欠かせません。また、その工程自体にも緻密な準備が必要で、ふき終わるのに時間がかかります。さらに、屋根の機能や状態を維持するために、10年ごとの定期的なメンテナンスを行う必要があるのです。 美山のかやぶき屋根は、地域の共同体や自治体によって運営・管理されてきましたが、その努力のかいもあって、文化財保護法のもと、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。 また、季節ごとに違った美しさを見せてくれるのも、美山かやぶきの里の魅力です。 春は穏やかな日差しの中、花々が野をいろどり、鯉のぼりが空を泳ぐ5月を過ぎると、紫陽花が初夏の訪れを告げ、暑い夏が終わると、コスモスの季節になり、蕎麦の花が咲き、秋祭りがやってくると木の葉が赤や黄色に色づき、厳しい純白の冬が到来。そして、雪灯廊に照らされる幻想的な美山の冬も最高です。 |