翻訳業界では根強い「ネイティブ信仰」
翻訳は2つの言語間の橋渡しをする営みでもあるため、その言語を母国語とする人の意見がより尊重されるのは当然のことでしょう。英語への翻訳は英語圏のネイティブ、日本語への翻訳は日本語のネイティブ、つまり日本人が重宝されます。
筆者は日本語から英語、英語から日本語と両方向の翻訳ライティングを提供していますが、その翻訳の方向によって微妙に自分という存在の扱われ方の違いを感じています。日本語から英語への場合は、クライアントさんのほうから疑問点や質問があった場合など、「ネイティブが OK だと言っております」と言うとすんなり納得していただけることがよくあります。
逆に、英語から日本語への翻訳ライティングで発注者が外国人担当者である場合、日本語がわからないという事情もあるのでしょうが、何気ない意見や思いつきのアドバイスであっても「ネイティブの意見」として尊重されているのを感じます。
そんなとき、「まあ、そんなものだろう」と思いながらも、自分の個人的な意見が日本人全体を代表しているわけではないという、若干のおもはゆさを感じます。それと同時に、日本人の我々が受け取る英語圏のネイティブの意見も、一時的な思いつきである可能性もあり、一部の意見にしかすぎないということを頭のどこかに置いておく必要がありそうです。
昨今の翻訳業界では、英語への翻訳は英語のネイティブに、日本語への翻訳は日本人に依頼するという傾向があります。より自然な表現でのアウトプットをめざすためにも、翻訳先の言語が母国語である翻訳者に翻訳をさせるという発想はよく理解できます。だれしも、外国語よりも母国語のほうがうまく表現できるのは当然のことです。ところが、この「アウトプット」の部分は、翻訳ライティングに必要とされる能力の1つにしかすぎません。
外国語が話せれば翻訳ができるのか?でも述べていますが、翻訳という作業には、1) 翻訳元の言語が深く読み取れること、2) 翻訳先の言語で自然な表現ができること、3) 翻訳元の言語から翻訳先の言語へ橋渡しする処理がうまくできることの3つの能力が必要です。
翻訳先の言語が母国語である翻訳者が担当すると、確かに 2) の部分はクリアできるでしょう。しかしながら、2) を達成できる翻訳者が必ずしも 1) と 3) も同時にクリアできるとは限らないのです。実際、これまでの経験において、翻訳を依頼する立場になることもありましたが、納品されてきたものを見ると、(日英ともに)ネイティブが翻訳するからいいとは言いきれないことを実感しています。
まず、英語のネイティブによる日本語から英語への翻訳の場合、彼らにとっては、原文が外国語であるため、その微妙なニュアンスが読み取れていないということがよくあります。たとえば、「私は○○と申すものですが」というときの「~ですが」を
..., but や
however で訳したり、あいまいな日本語表現のニュアンスを読み取れていないなど、最終チェックの段階で、日本人チェッカーがかなり細かくチェックしないといけない場合も多いようです。
その分野における知識が不十分である場合、英語のネイティブが書いた英語をすべて一から書き直さなければならないという状況も出てきます。また、3) の能力が不十分であるため、日本語の文章構造にとらわれすぎて直訳に近くなる現象も起こります。これでは、強みであるはずの「自然な英語表現」が達成できない恐れがあります。
日本人翻訳者による、英語から日本語への翻訳においても同様の現象が起こります。英語の原文に使われている慣用句的な言い回しはすべて辞書に載っているわけではありません。しかし、原文が外国語であるがゆえに、意味を取り違えるということがあります。また、原文の構造に引きずられて、母国語である日本語での表現が不自然なものになっていることもよく見られます。
以上のようなことから、ネイティブが翻訳したから良い翻訳であるというのではなく、ネイティブであろうとなかろうと、結局は
その翻訳者個人の両言語の理解度、表現力、翻訳スキルに依存するということなのです。内容によっては、英語からの翻訳を英語のネイティブが、日本語からの翻訳を日本人がやったほうがいい場合もあるわけです。
なかには、日本人が日英翻訳をやった場合、最終的にネイティブチェックが必要だが、日本語のわかる英語ネイティブが翻訳すればネイティブチェックが必要ない――と考えられている傾向もあるようです。確かに英語としてのチェックは不要かもしれませんが、日本語がきちんと理解されているかのチェックが必要になります。
「ネイティブ第一主義」の背景には、その国に住む外国人を労働力としていかに活用するかという課題もあるかもしれません。しかし、それは社会的(あるいは経済的)な観点からの議論であり、いかに良い翻訳成果物を完成させるかという課題に対する解決策ではありません。
もちろん、統計的な観点もあるかもしれませんが、結局翻訳するのは翻訳者という個人です。翻訳の依頼者の立場で考えると、統計や確率を持ち出されるよりも、確実に良いものに仕上げてくれる翻訳者に担当して欲しいと思うのは当然ではないでしょうか。
Since March 2006. Last update May 26, 2021. Copyright (C) Tuben. All rights reserved.