「通弁」クリエイティブ翻訳コラム
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クリエイティブ翻訳ライティングに携わる日常の取り組みにおいて、 気づいたこと、考えたことなどをエッセイ風にまとめています。


 日本語vs英語(その2) >> 日本語には主語がない?

一体感を大切にする日本人にとっての主語
以下のような日本語の文章があるとしましょう。

「昨夜は、あまりにも疲れていたので食事を取るとすぐ寝ました。」
「明日からまた会社、10時に得意先で打ち合わせだ。」

どちらの文章にもいわゆる「主語」らしきものは登場しません。しかし、どれも日本語の文章になっていますし、ごく一般的で自然な日本語だと言えます。

ところが、これに無理やり主語を入れて、

「昨夜は、私は、あまりにも疲れていたので、私は食事を取ると私はすぐ寝ました。」
私は、明日からまた会社、私は、10時に得意先で打ち合わせだ。」

とすると、肩の凝る、不自然な文章になってしまい、読んでいてイライラさせられます。それどころか、他の人は疲れていなかったが、「私は」疲れていたので… など、主語を入れることで、他の人と区別するといった特別な意味が出てくるのです。

言語学の専門家のなかには、日本語には主語は不要、むしろ、元来、主語を伴わない「述語」言語なのだという意見があります。逆に、英語などの言語は、SVCSVOO といった基本的な構文がルールとして存在し、そのルールに従わなければ文章として成り立ちません。(英語でも主語を省略して、Hope to see you again といった表現をする場合もありますが、あくまでもくだけた用法であり、正式な文章では使われません。)

では、本来、主語の認識や概念のなかった日本語に、どうして「私は、私が」といった主語の考え方がでてきたかということになると、これは、明治以後の「西洋から学ぶ」という考え方の名残りと言ってもいいようです。専門家の意見によると、英語やフランス語の主語の概念をそのまま日本語に当てはめた結果、日本語は、(本当は主語はあるが)主語を「省いている」のだという考え方になったようです。実際、そういう考え方が教科書にも取り入れられ、主語を付加して表現した日本語が正しい日本語だと考える傾向がでてきたというのです。しかし、そもそも「主語を省く」という発想からしておかしい、日本語にはもともと主語の概念はなかったのだという考え方が適切だと思われます。

ちなみに、こういう文章ではどうでしょう。

「ツンと肌を刺す冷気、空を見上げると鋭い月が浮いていた。濁りひとつない紺碧のなかに点在する星くずに目が洗われるのを感じた。」

これも主語がない文章ですが、「空を見上げた」のは誰か、あるいは、「目が洗われるのを感じた」のは誰かということになります。自分の日記の文章ということであれば、「私」を主語にして翻訳することもできますが、「物語」の一節だと理解すれば、その登場人物であり、「彼」や「彼女」を主語にすることもできます。つまり、明確な出典がない場合は、主語は誰でもいいとも言えるのです。

日本語に主語がないというのも、日本人の「アイデンティティ」の弱さ、もっと厳密に言うならば、集団(全体)と溶け合った自己、他の存在と同一化した自分というところから来ているのかもしれません。西洋の住居がカギのかかる個々の部屋をユニットに構成されているのに対して、日本の家屋は、障子や襖(ふすま)といったソフトなボーダーで仕切られているだけです。また、自分の自己紹介には、所属している会社や団体の名前を出すことが多いのも事実です。組織のなかでも、各自の分担範囲はさほど厳密ではなく、みんなで気を利かせあって、調整しながらひとつのことを成し遂げようとする伝統があります。

こういったことから、日本人の「個」は、「集全体」にほぼ等しく、同時に「集」は「個」でもあると言えます。「同じ釜の飯を食う」などと言い、同一の集団に所属している他の存在との境界がゆるく、心理的には「同一」であろうとするのです。だから、上記のような主観的な文章が成り立ち、心理的・心情的な共感という暗黙の了解があるからこそ、主観的でありながら客観的にもなりうるのです。

だから、主語はこの際、誰でもいいのです。もちろんこれは、公に発信するコミュニケーションにはそのまま当てはまりませんが、日本語表現の本質として、文章を作成するときのベースになっているような気がします。言い換えれば、この基本が押さえられていれば、その日本語表現はどこまでも自然な日本語らしくなるというわけです。


参考:中公新書 『日本人の発想、日本語の表現』 森田良行著 | ちくま新書 『戦略的思考ができない日本人』 中山治著 | 講談社選書メチエ『日本語に主語はいらない』 金谷武洋著 | 岩波新書『日本語』新版(上下) 金田一春彦著 | 講談社現代新書 『日本人の言語表現』 金田一春彦著 |

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