「翻訳の悩み」といっても、実際に悩むのは翻訳文を読む読者であって、翻訳を担当(あるいは発注)した当人にはそんな意識はないことが多いのです。原文の情報をもれなくきちんと翻訳し、チェックもしたから大丈夫だと安心しているので、まさかこのような悩みがあるとは気づかないわけです。
たとえ学校では満点の英作文や翻訳文であっても、それがそのまま実際のライティングとして通用することはまずありません。これは個人的な経験でもあります。筆者も学校時代は英語の成績は良かったので、英作文も当然ながら得意な分野でした。
ところが、大学卒業後、カタログなどの英文ライティングの職種に就いてからのことです。作成した英語の文章をネイティブの英文ライター(単なるネイティブではなくプロのライター)に見せるとすべて一から書き直されてくるのです。それも、単語レベルや文章レベルの書き直しではありません。パラグラフ全体、文書全体の書き直しになるわけです。最初は、なぜすべて書き直しなのか理解できませんでしたが、何十年とこの仕事に携わるうちに、(自分の英語が稚拙すぎるのはもちろんのこと)、英語では文書の組み立て(起承転結)、表現の仕方そのものが違うのだということがだんだんわかってきました。
これはライティングを専門にやっていなければ理解できなかったかもしれません。でも、それだけに、せっかく世界に向けて英語で情報を発信するのなら、できるだけ実際のライティングに近いものを提供したいと思うわけです。
ここでは、そういった視点をもとに、気づいた点をピックアップしてみました。もちろん日本語から英語だけでなく、英語から日本語への翻訳ライティングにも同様のことが言えます。
"何を言いたいのかよくわからない?"
翻訳された英文を読んだ英語圏の人から「何が書いてあるのかよくわからない」といった反応をされたことはないでしょうか?さすがに「わからない」とダイレクトに言ってこられる方は少ないかもしれませんが、カタログなどに答えが書いてあることを質問してくるような場合は、「通じていない」ということが考えられます。英語表現のベースとなる発想、文章構造などを考えずに、そのまま日本語から英語に翻訳した場合、「なんとなくわかるような気もするけど、よくわからない」、つまり、きちんと「通じていない」といった現象が発生します。
"文章が翻訳調で読みづらい"
日本人にとっては、英語から日本語に翻訳されたものを読むとよくわかりますが、「日本語になっていない」「読んでいて肩がこる」といった現象が起こることがあります。これは、翻訳元である言語の文章構造などに引きずられてしまうことが原因で、英語→日本語では、だいたい文章がくどく堅苦しくなり、日本語→英語では、具体性や明確さがなく、論理性の薄い文章になる傾向があります。
"キャッチフレーズとして使えない"
クリエイティブワークの世界では、「いかに関心を持たせ読ませるか」が文章作成のポイントになります。原文がいかに読みやすくすばらしいものであっても、それは
あくまでその言語でのことであり、そのまま翻訳して、他の言語でもその品質が移行されることは基本的にありません。また、キャッチから本文まで、おしなべて長い翻訳文になってしまうのも、よく見られる現象です。筆者も仕事の状況などで外部に翻訳を依頼することがありますが、上がってきた翻訳をそのまま使用することはまずありません。
"コンセプチュアルな内容が伝わりにくい"
英語圏の人たちとの共同プロジェクトなどで、こちらの意向や提案を伝えなければならない場合があります。「控えめ」で「婉曲的」な表現をするのが日本語の特徴ですから、方針や思想などの概念的なものをそのまま英語に訳してもうまく伝わりません。明確に伝わらないために誤解も生じ、お互い「こうだろう」といった推測に基づくコミュニケーションがやりとりされ、無駄な労力や時間を費やしてしまうことも多いと思われます。日本語の字面に捉われるのではなく、ダイナミックに英語で発想しなおして表現することが必要になります。
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