Last update August 31, 2022

英語の冠詞はどこが難しいのか? (3)

「とりあえず定冠詞」用法 (1)

前ページで、日本人にとってわかりにくい「あいまいな定冠詞」の用法があるということを確認しましたが、その部分をクローズアップするためにも、ここで、定冠詞の用例をまとめてみましょう。



この図のなかの 7. にあたるあいまいな「とりあえず定冠詞」と名付けた用例について深めていきたいと思います。ここで前ページの文章を思い出してみましょう。

前ページの例文を思い出してみましょう。まず、こういうのがありましたね。
I saw a kitten in the garden yesterday. It was sleeping under the orange tree.
(昨日で子猫を見た。それはオレンジの木の下で眠っていた。)
もう一度補足しておきますが、この文章の前に There were a garden and an orange tree. などという前置きはないとします。すでに登場していないにもかかわらず、なぜ定冠詞を使うかですね。

前ページでは、「この話をしている相手にはどの庭かがわかっているし、私の庭にあるオレンジの木だとわかっているから」というネイティブの説明を紹介しました。その他、「話者は『どの庭』であるか、明確に思い浮かべながら話をしているので定冠詞」だという説明もあります(無意識に習慣として身についている用法をあえて説明する場合、自分の感性や経験に頼ることが多いため、当然、説明も個人によって異なる傾向があります)。

こういった説明で納得できる人もいるかもしれませんが、「じゃあ、自分の頭の中で明確な名詞にはすべて定冠詞か?」と言うと、いちおう定冠詞のルールは相手にも「何を指しているか」がわかることが条件なのでそれは違います。「では、どの garden、orange tree か相手にわからないときは a garden, an orange tree になるのか?」と言うと、それも違います。やはり、この例文のような状況では、定冠詞を使うのが普通なのです。

もっとも、「私の庭」ということをはっきり言いたいのであれば、in my garden と言えばいいのですが、ここでは「冠詞」に集中することにします。

こういった「あいまいな」用例において、判断基準となるポイントがいくつかあります。それはまず、
不定冠詞を使えば違和感があるか?
を考えることです。

もちろん、「不定冠詞では違和感がある」と感じられるかどうかは、これまでどれだけ英文に親しんできたかによって決まりますが、a garden, an orange tree にしてしまうと明らかに不自然さがあります。

まず、不定冠詞には、「任意の名詞につける」という役割があることから、どの gardenorange tree でもいいことになってしまいます。そういう意味では、前述の「話者は『どの庭』であるか、明確に思い浮かべながら話をしているので定冠詞」という説明も半分成り立ちますが、どの名詞であるか話者が明確に思い浮かべていても不定冠詞を使う用例だってあります。たとえば、下のような例ですね。
I bought a car yesterday.
(昨日車を買った。)
購入した車は話者にとっては明確なので、話者は「どの車」であるかはっきりと思い浮かべながら話をしているわけです。でも、不定冠詞を使うのが普通です。定冠詞を使うと、それこそ、お互いにどの車かわかっていいることになるので、「昨日あの(その)車を買った」というニュアンスになります。

もういい加減イヤになってきますよね。どういう考え方をしても矛盾が出てくるのです。それが冠詞の用法です。言い換えれば、いろんな要素を考慮しながら選んでいく「一種のやりとり」であり、英文体験と感覚によって自然な例文になるか不自然な(成り立たない)例文になるかが決まるわけですが、冠詞を持たない日本人がそんなことをやっていても混乱するばかりで、いつまでたっても正しい冠詞の使い方など身につきません。

だから、「あいまいな用例」というジャンルを想定したわけです。もちろんこれは、文法学者などが提唱しているジャンルではありませんし、私の個人的な考察になります。しかし、私たちの目的は、文法的な研究をするわけではなく、とりあえず「冠詞を使いこなす」ためなので、多少の無謀さは許してもらいましょう。

というわけで、ここの gardenorange tree は「あいまいにしておきたい」、「さらっと流したい」部分だから「とりあえず定冠詞」を使っていると考えるわけです(前述のように、これは個人的な見解ですが、いろんな文法学者の意見をヒントにしたうえでの「見解」です)。つまり、
そこまで詳しく言う必要はない
ということなのです。

ここで話者は、「子猫」の話をしたいわけで、「庭」や「オレンジの木」が相手にわかるとかわからないとかはどうでもよく、今はそこに焦点を当てたくないわけです。「とりあえずお互いどの庭かオレンジの木かわかったことにして、話を次に進めたい」というふうにも言えます。

また、不定冠詞を使うと、「新しいトピックを導入する」、「数の概念を持たせる」という機能もあるため、gardenorange tree が一つの物理的存在として「登場感」を持ってしまうこともあります。さらっと流したいのに目立ってしまうわけです。

定冠詞を使ったほうが「特定」されるので、不定冠詞よりも登場感がある(目立つ)と思ってしまいますが、必ずしもそうとも言えません。むしろ、定冠詞を使うことで、名詞の具体性が弱まるということもあるのです。