Posted in 2003


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Posted in 2003


翻訳事情いろいろ




さらっと表面的に流すか、ぐっと内面にまで踏み込むか、物事に対する態度には2種類ある。人間関係もそうである。適当な距離を置きながらソツなく付き合うか、とことん入り込んで濃厚な付き合いをするか。もちろん、人間関係というのは相手のあることであるから、なかなか思い通りにはいかない。軽い付き合いなら、ケンカや意見の食い違いといったトラブルもなく、楽と言えば楽だがちょっと淋しいかもしれない。反面、入り込んだ付き合いには、苦労もあるし、悩むこともあるというリスクがつきもの。しかし、深いところまで理解し合えればかけがえのない友人を得られることになる。まさに、ハイリスク・ハイリターンである。

翻訳についても、同じことが言える。と言っても、英語は、日本語のように婉曲的な、遠まわしに表現する言語ではないので、日本語から英語への翻訳は「踏み込み方法」が良いとは思う。しかし、日本において翻訳を行う場合、問題は、日本語の原稿が先に完成してしまうことである。日本語は「ズバリそのもの」的な表現を避ける。核心のまわりをさらっとなでるように、スマートに表現するのが好きである。そうしたほうがカッコイイからである。「うん、うん、そこまで言わなくても、気持はわかるよ」というのが評価される国民性である。言葉の裏に隠された気持を察する、遠まわしに表現するというのが「粋」なのかもしれない。また、侘び寂びの世界に通ずる何かがあるのかもしれない。英語でも婉曲表現はあるが、それは、相手を傷つけないとか、ダイレクトに表現するのはあまりにも下品だとか、過激だとかいう配慮がなされているように感ずるが、日本語の場合、もちろん、そういう要素もあるのだろうが、どちらかというと、これが日本人の美的感覚のようなものに思える。英語でも、コックニー言葉やオーストラリアのカラフルな言い回しは、これと通じるものがあるのかもしれない。

話しが逸れたが、カタログや冊子など、日本ではまず日本語版が作られる。日本語として練りに練られ、余計な枝葉を取り去った素晴らしい日本語版ができるのだ。さて、そこから、おもむろに英語への翻訳が開始されるが、日本語の情報を読んでいても、核心となる部分が見当たらない。「核心」は、明確に語られていないからだ。これが、日常的な内容のものなら、日本語のネイティブであれば推測がつく。そして、その部分を補って、ダイナミックな翻訳を行うこともできる。しかし、技術的な内容となると、創造力や機転では解決できない。よくある「〜など」という「など」は何を指すのか?わからないから、仕方なく "etc." などとやらざるを得ない。日本で翻訳されたものほどこの "etc." が多いというのは有名な話。「日本企業の英文説明書なぞ、何を書いてるかさっぱりわからん。無いほうがまし」と言って丸めて捨ててしまうというシーンをアメリカの映画で見たことがあるが、ショックというより、「なるほど。そうだろうな」と思ってしまった。

わからなけりゃ聞けばいいじゃないか、ということになるが、悲しいかな、実際の仕事の流れではそんなことを言っているヒマはない。日本語版はじっくり制作するが、英語版はそれを翻訳するだけ、という考え方が一般的なので、じっくり質問などしている時間はないのだ。該当する機械なり、技術なりを勉強し、理解してから翻訳する―もちろん、そんな余裕もない。で、ディレクターなどが、「それでいつ翻訳上がる?」とか「実は、2週間後にアメリカで展示会があって…」などと「お急ぎモード」で聞いてくる。しかも、翻訳料金も決して高くない。ネイティブチェック込みで、1枚5000円程度の料金であれば、そんなに手間も時間もかけていられない。質問は、どうしても内容的にわからない部分だけにして、後はせっせと「周辺ストローク的な」表現をしていくしかない。(もちろん、直訳は問題外である。日本語の表現に影響されてしまうといっても、文章の構造や配置までを日本語に合わせてしまうような英作文のレベルを言っているのではない。)

翻訳についての一般的な意識はまだまだ低い。タテのものがヨコになっていればとりあえずOKというクライアントもいる。当然、翻訳料金も低いわけであるから、意識が低いのであるが、その代わり文句も言わないし、表現上での書き直しもない。数値や情報的な修正が入る程度である。言ってみれば、手離れの良い、楽なクライアントさんである。しかし、こういう状況が続いて、楽をし続けていると、自分自身の表現スキルも上がらない。ヘンな慣れが出てきてしまって、他のところでは通用しなくなる恐れもある。これは、恐るべきことである。



そんなある日、出遭ったのがあるクライアントである。このお客さんは、商品自体が高額のものなので、当然販促費もそれなりの予算が見込めるということなのか、他のクライアントさんのように「とにかく安く」とは言わない。その代わり、細かいところまでのこだわりがある。翻訳に対してここまでのこだわりと情熱をかけておられるお客さんに久しぶりに遭ったような気がする。正直、「え?まだあるのか」と言いたくなるくらい、修正が多かった。普通のクライアントさんなら「こんなもんでしょ」と流してしまうような箇所も、絶対に見逃さない。遠方にまで足を運んで打ち合わせもしたり、なかなか大変な思いもした。しかも、その後にいただいた仕事においても、すべて書き直して来られるという、ちょっと信じがたいこともあった。翻訳者としては、100パーセントプライドを潰されたことになる。

実は、今回の翻訳は筆者も時間的余裕がなかったため、翻訳会社さんに依頼した。とは言え、厳選にチェックして、手を入れたりしたもので、それなりの品質で提出したつもりがあった。ショックを覚えたのは自分も同じである。お客さんのコメントを聞くと、翻訳自身はレベルの高いものでした、ということ。これ以前の翻訳についても、訳しにくいところをうまく表現していただいています、ということだった。このクライアントさんでは、担当者の方自身が翻訳もされることがあるので、翻訳についての苦労は十分わかっておられるようだ。その上での修正であるから、何かそれなりの理由があるはずである。お客さんがおっしゃるには、日本語に表現されていない部分があるため、英語では、本当に言いたいことが表現しきれていないということらしい。なるほど。お客さんの書き直された英文を読みながら、確かに日本人の方が翻訳されたものであるため、英語の表現レベルではネイティブの手を入れる必要があるが、言いたいことは伝わってくる。さらりとした周辺ストロークから踏み込んだ表現になっている部分がある。読みながら、「これだな。こういうアプローチが大事なんだ」とつくづく感じた。以下、いくつかの例を差し障りない形で紹介してみよう。(諸事情で若干、手を加えている)

 日本語 
XXXシリーズは、スクリュの回転を停止した時点で、さらにそこから最適な圧力制御を加え、計量における樹脂密度を常に安定させる YYY計量方式を採用。計量密度差による重量のバラツキを大幅に低減します。

 提出案 
The YYY metering system is adopted to stabilize resin density constantly by imposing optimum pressure on the screw when it stops rotating. The XXX system can substantially reduce variations of weights caused by variations in metering density.

 修正案 
The XXX series is equipped with the YYY metering system as standard. With the XXX system, the screw imposes optimum pressure on the melt right after the metering. This process makes the melt density even and enables constant product weight in every molding cycle.


「修正案」では、「YYY計量方式を採用」という箇所が as standard 「標準装備されている」という内容になっている。ここら辺は、「採用」という日本語から推測するのは難しいが、どんなレベルの「採用」なのか、考えてみてもよかったかもしれない。次に「スクリュの回転を停止した時点」というのが「どういう時点」なのかが、修正案には具体的に書かれている。「計量密度差による重量のバラツキを大幅に低減」という部分も、提出案では、持って回ったような言い方になっているが、修正案では、「最適な圧力制御を加えるため、樹脂がムラなく供給され、製品の重さにバラツキが出ることもない」という因果関係がわかりやすくなっている。成形技術のことを言っているのだが、型に吹き込む樹脂の量によって、出来上がった成形物の重さにバラツキが出てくるという課題解決が、よく示唆されていると言える。また、「樹脂」など専門用語も、より現場に近いものに修正されているようだ。

 日本語 
モーションコントロール、サーボドライバ、低慣性・高応答サーボモータの最適な組み合わせにより、位置決め整定時間の短縮および各動作軸のハイサイクル化が実現しました。

 提出案 
The optimum combination of the motion control, the servo driver, and the low-inertia, high-response servomotor provides reduced setting time for positioning and high-cycle of working axes.

 修正案 
The synergy effects of high speed machine motion control, high efficiency servomotor driver and low-inertia, high-response servomotors allow the linear motion to stop in much shorter time enabling each molding process shorter.


ここで頭を悩ますのが「ハイサイクル化」である。英語でも言葉としては存在するわけで、まあ、製造業ならわかるんでしょうということで、 high-cycle をそのまま使用したが、修正案では、それをブレークダウンして表現している。また、「位置決め整定時間の短縮および各動作軸」あたりは、 linear motion という概念で置き換えられている。これを読んで、「ハイサイクル」とは、ひとつの工程のサイクルを速く(短く)することであると納得。製造関係の技術はやはり、むずかしい。テレビやステレオ商品のように一般的なものではないから、画面が美しい、アートの世界、あなたを創造的な未来空間へと誘います。―といった、いわゆるクリエイティブのためのクリエイティブのような「心地良い」表現は通用しない。

ということで、大変な思いもしたが、チャレンジがあった。チャレンジすることは、やはり楽しい。と、同時に、このクライアントは翻訳に対する高い認識を持っておられると感銘を受けた。モノづくりの企業としては、ごく当たり前のことなのかもしれない。が、こと「翻訳」となると、一般的な意識が低いのは事実。そんななかで立派である。こんな企業もあるんだ、と大変な思いをした反面、希望が出てきた。企業の大きさや知名度、規模などではない。むしろ、大企業に成長していくにつれ、こういった「部分的な」側面というのは、おろそかになっていくのかもしれない。国際社会になって、本気でコミュニケーションをしていく必要がある反面、認識が低すぎる翻訳の部分。もっと、こういったクライアントさんが増えて欲しいものである。(と、一個人がこんなことを言っても仕方がないが。)