与格代名詞の se
スペイン語の人称代名詞の
与格人称代名詞のところでも述べましたが、スペイン語では、3人称の与格代名詞と対格代名詞の両方が用いられた場合、その与格代名詞は se が用いられるというルールがあります。実はこの辺が、イタリア語などの他のラテン語源の言語とは異なり、何か「こだわり」のようなものを感じさせます。
では、なぜスペイン語にこのようなルールができたのか、その歴史的背景を見てみましょう。
ラテン語にはなかった3人称代名詞
余談になりますが、そもそもラテン語という言語には、「彼、彼女、彼ら」を表す「3人称代名詞」は、基本的には存在しませんでした。そのため、「これ、あれ」といった「指示代名詞」を使って代用していたのです。そのうち、ラテン語が広まり、スペイン語へと発展する方言において、「あれは」という意味の
ille (男性形)、
illa (女性形)、
illus (中性形)という主格代名詞から、それぞれ
él (彼は)、
ella (彼女は)、
ello (それは)という代名詞に発展します。ちなみに複数形は、ラテン語の対格代名詞「あれらを」を意味する
illos (男性形)と
illas (女性形)から
ellos (彼らは)、
ellas (彼女らは)が派生したと言われています。
というわけで、主格代名詞についてはすんなりと理解できるのですが、問題は与格代名詞です。スペイン語の与格・対格代名詞も、「あれ(ら)に、あれ(ら)を」というラテン語の与格・対格代名詞から発展するのですが、3人称与格+3人称対格の組み合わせにおいて、
se が用いられるようになったのは、スペイン語の与格・対格代名詞が現在の形になるまでの過程において起こった変化のようです。
発音の変化がもたらした変遷
下の図は、スペイン語の与格・対格代名詞の派生を示したものです。それぞれの元となるラテン語の代名詞が、発音の脱落、単純化などを経て現在のスペイン語の代名詞になりますが、ここで注目したいのは、与格・対格の組み合わせです。図では、「彼に」(与格)+「それを」(対格)の組み合わせの変遷をピンクの矢印上で説明しています。
まず、ラテン語の段階では、「
illi + illum」で、発音と表記は一致していますから、そのまま「イリ・イラム」に近い発音になります。これが、「
m」の音が落ち、さらに母音が変化、接続、あるいは欠落したりして、1つの単語のように発音されるようになり、「リエロ」などといった発音になります。この「リ」の発音は舌を口の天井につけて発音するため、舌の位置が少しずれると「ジェ」の音になります。こうして、「ジェロ」の音になり、
gelo あるいは離して
ge lo と表記されるようになりました。
さて、ここから
se lo に変化するわけですが、その経緯として、スペルや発音も似通っていることから、もともとラテン語にあった再帰代名詞三人称の
se との混同が起こり、いつの間にか
se になったとする説があります。
さらに、もうひとつの説として、
ge lo の
ge は消滅したとする考え方もあるようです。つまり、スペイン語の現在の代名詞になった後の変化で、「
le + lo」(「レロ」)とか「
le + la」(「レラ」)などというのはそもそも発音しにくい、そこで
se を使おうということになったという説です。
いずれにしろ、歴史的背景を見ると、与格の
se と再帰代名詞の
se は、混乱したという事実があったとしても、もともとは「別物」だということができるでしょう。