こんなに違う古英語の文法 (2)
名詞に「性」がある
古英語では、ルーツであるゲルマン語の特徴が多く残されています。名詞の性 (grammatical gender) があるのもその1つで、ゲルマン祖語 (Proto-Germanic) と同様に、「男性」 (masculine) 、「女性」 (feminine) 、「中性」 (neuter) の3つの性があります。
男性名詞 |
女性名詞 |
中性名詞 |
例)se mōna 「月(天体)」 |
例)sēo sunne 「太陽」 |
例)þæt scip 「船」 |
上の表の名詞の前についている se、sēo、þæt は、それぞれ男性名詞、女性名詞、中性名詞の単数形・「主格」 (nominative case) につく定冠詞です。これらの名詞が複数になったり、前のページでみた格変化を行った場合は、それに応じて定冠詞の形も変わってきます。
それはさておき、古英語の場合は、他の言語のように名詞の性を決めるルールがあったわけではありません。自然の性に一致していたわけでもなく、男性名詞は語尾が -a で終わるといった目安的なルールがあったわけでもなく、単語ごとに1つ1つ「男性か女性か中性か」というのを覚える必要があったのです。たとえば、女性単数名詞には女性単数形の形容詞や冠詞を使うといった「一致」のルールがあったため、名詞の性を知ることは文章表現のために必須だったわけです。
だから、せめて「女性」に関する名詞の性はすべて女性であればわかりやすいのですが、どっこいそうはいかない。ちなみに、女性に関する名詞でありながら「女性名詞」でなかった単語をあげると次のようなものがあります。
古英語 |
現代英語 |
意味 |
性 |
æwe; næmenwif |
married woman |
既婚女性 |
中 |
broþorwif |
brother's wife |
兄弟の妻 |
中 |
fæmenhadesmon; mægdenman; mægþman |
virgin (of a woman) |
おとめ(処女) |
男 |
foligerwif |
prostitute |
売春婦 |
中 |
forþwif |
matron |
既婚女性、母 |
中 |
hiredwifmon |
female member of a household |
家族の女性 |
男 |
lærningmægden |
female pupil |
女生徒 |
中 |
mædencild; wifcild |
female child |
女の子(女の子供) |
中 |
mægden |
young girl |
おとめ |
中 |
mennenu |
handmaiden |
小間使い |
中 |
siþwif |
noble lady |
貴婦人 |
中 |
wif |
woman (wife) |
妻 |
中 |
wiffreond |
female friend |
女友達 |
男 |
wifhand |
heiress |
(大きな財産の)女相続人 |
男 |
wifmann |
woman |
女 |
男 |
wynmæg |
winsome maid |
チャーミングな若い女性 |
中 |
yrfenuma |
female heir |
女性の相続人 |
中 |
女性も結婚すれば「中性化」するというのならわからなくもありませんが、「おとめ」が「男性」だったり、「女」(= woman) という単語が「男性」だったり、もうめちゃくちゃですね。もともとインド・ヨーロッパ祖語 (Proto-Indo-European) の「動物」と「静物」の分類が起源なので、そこらへんのことも関係しているのかもしれませんが、いずれにしろ推測にしかすぎません。ともあれ、中英語期になると、定冠詞の変化などとも関連して、名詞の性はだんだんと使われなくなっていきます。
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