強調・感情移入の与格
上の項で、「彼に本を贈った」などの「~に」という用例について説明しましたが、具体的な物や動作を「与える」という意味の与格をさらに発展させ、相手に「感情的な影響」などを「与える」という使い方があります。与格の代名詞がなくても意味的には変わらないのですが、代名詞を使うことでそのニュアンスが微妙に異なります。
たとえば、長年連れ添った妻に「
死なれてしまった」というと、ただ単に「死んだ」というよりその事実が遺族となった夫に大きな「被害」を
与えているといったニュアンスが表現できます。あるいは、子供が「何も食べない」というより「何も食べて
くれない」というと、その事実が母親に対して「困っている、心配でたまらない」といった心理的被害を
与えているという心情を表現することができます。この用法は、
代名動詞(
再帰代名詞)を使った
中間態の強調表現(例文下線)と組み合わせて使われることもあります。
¡No me seas tonto!
(バカなことを言わないでちょうだい。―「私は情けない、困る」など)
El bebé no me toma nada.
(赤ちゃんが何も食べてくれない。―「親(面倒を見ている者)として困る」など)
Cuando era muy pequeño, se le murió su padre.
(彼の幼い頃、父親が死んでしまった。―「不幸を経験した、苦労した」など)
Ten cuidado, no te me vayas a caer.
(気をつけて、落ちないでよ。―「私は困る、心配だ」など)
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「~してしまった」、「~してくれない」など日本語ではある程度表現できる「強調・感情移入」のニュアンスですが、英語などでは
he died on me, don't do this to me などその用法には柔軟性がなく、スペイン語の表現の豊かさが感じられます。このような与格代名詞は、専門的に
倫理的与格 (dativo ético) あるいは余剰与格 (dativo superfluo) などと呼ばれます。