翻訳に基づいた「通弁」クリエイティブ・ライティング

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直訳とその弊害

「脱・翻訳宣言」とは…でも「翻訳」の定義のむずかしさについて触れましたが、翻訳の限界として最大の問題となる「直訳」について考えてみたいと思います。

直訳の定義

「直訳」とひと言で言っても、人によっていろんな解釈があるかもしれません。情報を直接的に翻訳すると捉える人、一字一句忠実に翻訳するという解釈もあるでしょう。

ここでは、情報そのものをダイレクトに翻訳するという意味ではなく、下記のような「形や表面的な要素」を翻訳先の言語でそのままなぞることを「直訳」と呼んでいます。

1. 文章構造がそのまま移転されている。
2. 文章の並ぶ順序(パラグラフ構造)が全く同じ。
3. そのまま原文のロジックを使っている。

つまり、一言で言えば、「直訳」とは、原文のパラグラフやセンテンス構造、あるいは原文のロジックをそのまま持ち込んでいるということです。

文章構造における直訳

文章の構造とは、最初に「主語」が来て次に「動詞」、そして「補語」や「目的語」といった文章の組み立て方を言います。

下の例は、英語の文章とそれに対応する日本語の文章を対応させたものです。

文章構文例

ご存知のように、英語では主語の後に「動詞」が来ますが、日本語では語尾に来ます。そういう意味では、完全に構造が一致しているというわけではありませんが、それ以外の部分については原文である英語の構文をそのまま移しています。これが典型的な「直訳」の特徴です。ちなみにこの例では、「私は一冊の面白い本を見つけた。」となります。

日本語は、数に関する考え方はあいまいで、わざわざ「ひとつの」とか「2つの」といったことは言わない場合が多く、主語も表現しませんので、ここの日本語は自然な文章とは言えません(技術文書など、数量が問題になる場合は別の日本語表現をするはずです)。それでも、こういった短い文章の場合、それほど違和感はないかもしれませんが、たとえば、以下のような例はどうでしょう。

原文
そこでXX社では、これまで半導体分野で培ってきたノウハウをもとに、KK5000モニタを開発。

直訳例
Therefore, we at XX Corporation, utilizing the know-how which has been cultivated in the semiconductor industry so far, developed the KK5000 Monitor.

(日本語では述語が最後に来るのでその部分はのぞいて)英日の各パーツがぴったり寄り添っていますね。見た目には整然としていて美しいと思うかもしれません。

しかしこれは、コンマやピリオドの位置まで一括でスライドさせたような「まんま」直訳です。たまたま意味的には間違いではないのですが、英語としてはインパクトがありません。訳文を読んだときに前置きばかりが目に入って大事な部分(黄色マーカー部分)がなかなか出てきません。プロのライターが英語で一から文章を書く場合もわざわざこういった表現はしないのが普通です。

もっとも、これは、「書かれたもの」として一人歩きするという前提での話で、たとえば、その場で誰かが話している内容を同時に通訳する場合などは上であげたような「直訳」に近いものでもいいかもしれません。同時通訳などではその場の「同時性」が大切で、主役である語り手に沿わせる形で「副音声」として添えていくという目的があるからです。

また、話し手の表情、声のトーンといった言葉以外のコミュニケーション手段が加わりますので、メッセージが伝わりやすいと思われます。たとえば、「そこで当社は」という話し手の発言に合わせて、Therefore, we at XX Corporation という表現がほぼ同時に発せられることで、オーディエンスとの一体感を作り出すこともできます。しかし、文字だけの世界である「翻訳物」には文字以外に伝達する手段はありません。それだけに、ソース言語の構造に頼るわけにはいかないのです。

文章の順序における直訳

次に、「文章の並ぶ順序」についてですが、ここでは1つのパラグラフに含まれる複数の文章があり、その文章をならべる順番という意味です。複数の文書をどうならべるかというのは、そのパラグラフをどう組み立てるかということでもあります。(英語のパラグラフについては、日本語の「起承転結」と英語の「序・本・結」で詳しく説明しています。)

基本的に、英語のパラグラフは1つの事柄について語り、話題が変わるときは段落替えをして別のパラグラフへと移ります。パラグラフの冒頭では、何について語り始めるのかを明確にし、その事柄についてデータや実例などを使って詳しく説明し、最後に「結論」で結びます。

ところが、日本語の段落にはこういったルールがありません。結論めいたものは後のほうになってから登場するのが普通で、同一パラグラフの中でも2つ以上の事柄が混合して説明されたりすることもあります。そのため、日本語の段落内にある複数の文章をそのままの順番で翻訳していくと、英語としては焦点のぼやけた文章展開になったり、話の流れがぎくしゃくしてしまうことにもなります。これもひとつの「直訳」と言えるでしょう。

文章のロジックにおける直訳

ここでいう「ロジック」とは、文章表現をするときにベースとなる理論や理屈のことです。言語が異なれば、ものの考え方も違うため、文章表現の背景にある理論や理屈も異なります。そのまま原文のロジックを使って文章表現をしていくと、わかりにくい情報になるだけでなく、誤解を招くことにもなりかねません。とくに日本語と英語では物事に対する判断のしかた、発想が異なっているので注意が必要です。ロジックについては、論理的な英語と理屈の日本語表現で詳しく説明しています。

直訳の弊害

以上、どんなものを直訳と言うのかを見てきましたが、では、直訳はなぜ良くないかのかということになりますが、それは、一言で言うと「翻訳臭く」なるからです。コラム「なぜ翻訳臭くなるのか?」でも説明していますが、まったく異なる言語である日本語と英語間において、原文の構造やロジックを持ち込むことで原文臭くなり、翻訳先言語における自然な表現にならないわけです。

たとえば、英語から日本語であれば、どこか「しゃちこばった」ギクシャク表現になったり、日本語から英語であれば、上っ面だけを表現した「コートの上から痒いところをかく」ような表現になってしまいます。


OneforOneTrans
(画像はイメージです。)