「クリエイティブ翻訳」におけるコストダウン (2)

さて、人間系の思考・発想が必要な翻訳ライティングに比べて、コストダウンの可能性が大きいのがマニュアルなどの「単純作業」の部分がより多い制作物の翻訳です。

とは言え、「単純作業だから安い」など、やみくもにコストダウンできるかというと、もちろん、そんなことはありません。商品の操作や安全性、製造者責任といったことに関わる部分も大きいのがマニュアルでもあり、表現などで細心の注意が必要な文書でもあるわけです。

ですから、文字数(あるいは単語数)×単価という「単価」の部分はさほどコストダウンはできません(むしろ、下手に安くすると必ず品質に響きます)。では、どこをどうコストダウンするか―ということになりますが、それは、ずばり、翻訳する分量をいかに減らすかです。

と言っても全体の分量は決まっていますから、いかにして新しく翻訳する箇所を減らすか―つまり、重複や流用箇所を見つけるかということになります。

そういう背景から生まれたのが、いわゆるトラドス (Trados) などの翻訳支援ソフトです。翻訳メモリ(対訳リストのようなもの)に基づいて、同じ原文のところには自動的に同じ訳文が入る、グレーマッチ(よく似ている)文章には候補となる訳文が出てくるといった機能が特長です。ところが、作業に入る前に、「どの文章がどれと重複していて、重複箇所は何件ある」といったことが把握しづらいというのがコスト管理という視点からみると物足りない点でもあります。

これは、以前、発注側にいたときの経験ですが、見積依頼をすると、「だいたい合致度が○パーセントで、コストダウンできるのは全体の○パーセントぐらいですねえ。後はやってみないとわかりません」といった回答をよくいただくことがありました。確かに、大量の文書のなかから、1件1件、合致やマイナーチェンジで編集できる箇所を探せと言うのは無理な話です。

しかし、できればもっと詳細で具体的な数値(根拠)が欲しい―ということで、試行錯誤で作ってみたのが、自作「同一文章検索プログラム」の原型です。

私はプロのSEやプログラマーではありませんので、見よう見まねで MS Office のマクロを活用した簡易なものですが、現在では改良を加えて、多少時間はかかりますが、パソコンにやらせておけば8000件ほどの文章(マニュアルのページ数で200ページ程度)なら1時間ほどで、重複している文章のリストが出てきます。

もっとも、事前作業として、強制改行の調整などの原稿整理(これは手作業)がありますので、全体の時間としてはもう少しかかりますが、重複文の件数やどの文章がどれと同一であるかということが作業に入る前にわかるため、正確な作業量を把握することができます。ちなみに、ある文書を例に挙げると、文章8000件のうち1900件程度の重複箇所(親文章も含む、単語レベル除く)という結果が出ています。

また、第二段階として、同じ原稿データを用いて、同じ文章のパターンを探す「パターン検索プログラム」も自作しています。これは、同じ文章の構造をしていて、一部の単語を入れ替えるだけですむような文章のペアを探すということで、たとえば、

A) 【削除】するエントリーを選択すると、確認ダイアログが表示されますので、【「OK」】ボタンをクリックしてください。
B) 【追加】するエントリーを選択すると、確認ダイアログが表示されますので、【「実行」】ボタンをクリックしてください。

のように、A) を訳せば B) は単語の入れ替えだけですむような文章のペアを探すという作業です。

以前は、これを半自動+半手作業でやっておりましたので1~2日かかっていましたが、今では、パソコンによる三方向からの抽出に90分(上記の文書)、パターン文章の件数は1200件程度です。

言うまでもなく、こういった重複文やパターン文の部分がコストダウンの対象となります。
その他にも効率化する方法をいろいろと試みていますが、翻訳する側にとっても、あらかじめ重複文やパターン文の詳細を把握していますから、「どこかにあったな、こんな文章」など、探す手間もなくなり、余計なことに気を取られず、翻訳ライティングに没頭できるわけです。

「クリエイティブ翻訳」におけるコストダウン (1)

前回の記事でも述べましたが、「クリエイティブ翻訳」の過程そのものは人間が考える仕事ですから、コストダウンできる部分はそれほど大きくはありません。しかし、「創造的な生業にコストダウンなど無縁だ」というと、これはもう芸術の世界になってしまいます。ではなくて、やはりビジネスですから、いかに人間系を機械系へシフトすることでコストダウンの可能性を模索するかという視点も必要だと考えています。

今回は、クリエイティブ翻訳によるプロジェクトを進めるうえで、実践している効率化アップの取り組みをご紹介します。

まず、独創性や感性が求められる翻訳ライティングの部分ですが、これは、発想や考える過程そのものを機械系で支援することで、考えがまとまりやすくなり、作業の効率化・スピードアップが図れる場合があります。時間と手間が少なくなれば、当然人件費を削減することもでき、コストダウンへとつながるわけです。

たとえ独創的とは言え、世の中には100パーセント「オリジナル」と言えるものは存在しないのではないかと思います。どんな独創的な作品であっても、必ずそこに、それを創造せしめた源(みなもと)となる何かがあるはずです。それは、以前にみた絵画かもしれないし、幼い頃の体験や、どこかでみた美しい風景かもしれません。意識しているかいないかにかかわらず、そういった原体験が素になってインスピレーションが生まれてくるものだと思います。

ということから、「発想・思考」系の効率化のカギは、インスピレーションを与える材料の引き出しをいかに機械で管理するかです。とは言え、美術館でみた絵画すべての画像をパソコンに落とし込むというのも現実的ではありませんし、脳のなかの「記憶・思い出」に関連する部分を取り出してマイクロチップに… などという技術もありませんので、言語表現でのレベルの話になります。

人間系だけになかなか実用レベルに達するのはむずかしいのですが、自分自身の取り組みとして、業界別用語集はもちろん、口語的な言い回し、表現集、リズムの似通った単語集、また、英語のライティングでは(専門用語を除いて)同じ単語の繰り返しを嫌いますので、同義語集なども含めた「インスピレーション」支援のための簡易データベースを構築中です。

しかしながら、多分に試行錯誤の部分が多いため、現在でも構築しながら活用中ですが、正直なところ、それほど目立った効果を上げていないのも事実です。また、かなりクリエイティブ度の高いものには安易に適用できる方法ではないことも付け加えておきます。

次回は、実際に効果を上げているマニュアルなどのクリエイティブ翻訳のコストダウンについて述べたいと思います。

「クリエイティブ翻訳」にコストダウンはないのか

「めざせ!コスト半減」などのスローガンを掲げて、どの企業でも徹底したコスト管理が求められている厳しい世の中です。そんな状況にあって、「クリエイティブ翻訳」にはコストダウンを実施する余地はないのか、ということになります。

その疑問に対しては、コストダウンできる部分もあり、できない部分もある―としかお答えできないと思います。

どんな業務や作業にも「人間系」の部分と「機械系」の部分があります。「人間系」とは、言うまでもなく、創造性、独創性、感性、知性などを基にした人間が介在しなければできない部分で、ものづくりで言うならば「職人芸」なども含まれるでしょう。一方、機械系は、平準化・マニュアル化された単純作業の部分で、一定のトレーニングをもとに誰にでも同じようにできる(できなければならない)部分でもあります。

そして、当たり前のことですが、コストダウンという取り組みが実現しやすいのは、後者の「機械系」の部分です。この部分には、文字通り、先進技術を適用するなどの機械化ができるからです。しかし、人間系のコストダウンはそれほど簡単ではありません。

この人間系の部分を無理にでもコストダウンしようと思えば、①国外などにより安い人材を求める、②利益を度外視してやってもらう、という2つの方法が考えられますが、①は将来的に安定したやり方ではなく、国際間取引におけるリスクも伴います。また、②はビジネスではなく、ボランティアになりますので、健全なビジネス関係が成立しません。

となると、いかにして、人間系から機械系へのルートを作り、そこに乗せるかということになってきます。

どんな業務や作業であれ、技術の発達とともに人間系の部分から機械系の部分への移行が進み、昔は人間が行っていたことがどんどん機械にもできるようになってきます。つまり、この人間系から機械系へ移行する過程においてコストダウンの大きな可能性があるわけです。しかし、同時に、人間が利用する商品やサービスである限り、コアとなる人間系もまったくゼロにはならないだろうとも思うのです。

ですから、人間系の部分を付加価値として、それなりにふさわしい対価をきちんと求める代わりに、コストダウンの可能な機械系の部分をいかに増やしていくかを人間系で考え、創意工夫していくのが企業努力であり、望ましいビジネスのやり方ではないかと思うのです。

話を戻しますと、「クリエイティブ翻訳」は大ざっぱな言い方をしますと、人間系の作業です。

しかし、人間の性格にも「○○型人間」といった分類やパターン化がある程度は可能です。創造性や感性のような数値化や定量化が不可能であると思われる部分であっても、そこには必ず、何らかの発想や思考のパターンもあると思うのです。その部分をうまく処理し、機械系へと移していくことでコストダウンの可能性が出てきます。そして、将来的に、ニューロコンピュータのような技術が可能になったとき、人間のクリエイティブな作業も限りなくコスト大幅削減への道を歩み始めるのではないかと思います。