「賢そうなワンちゃんですね」
「ええ、番犬なんですけどね、これで三代目ですわ」
というのが人間世界の常だが、このウィーン警察シェパード犬の場合はちょっと違う。
「今度の飼い主、強そうじゃないか」
「これで、三代目なんだわん」
なんてことで、主人公は犬のほうである。原題の Kommissar Rex もドイツ語で「刑事レックス(レックスは犬の名前)」、そう、犬自体が「刑事」なのだ。実際に、シリーズを重ねていくうちに飼い主であるパートナーの刑事が何度も変わる。
ともあれ、さすがに刑事犬ともなれば、芸も達者でなければいけない。「お手」や「お座り」ぐらいで満足しているお座敷犬とは訳が違う。ドアの開け閉めなんて朝飯前。盗まれたベートーベン(音楽家)の頭蓋骨を犯人が投げたときも、ジャンプで見事、空中キャッチ。「レックス、向こうの部屋をなにげに見てこい。いいか、なにげにだぞ」と言われると、文字通り、「なにげ」に偵察してくることもできる。朝はパン屋にお遣いに行くし(ちなみに好物はソーセージ・パンだとか)、向こうの通りで張り込んでいる仲間に食料を届けたりもする。(注:以下会話部分のカッコ内は推測)
飼い主刑事:「食料届いたか?」
仲間刑事:「ん?パンが一個しかないぞ」
飼い主刑事:「お前、途中で食べたのか?」
レックス:「?(シカト)」
もちろん、テレビも観る。
ある朝のこと、忙しい様子の飼い主。向こうの部屋からしきりに用事を頼もうと名前を呼んでいるが、こっちだって今は忙しい。ソファに寝そべって、お気に入り(?)のテレビを観ているところ。いちいちわがままなコールに答えていられないのだわん。
飼い主刑事:「おーい、レックス、レックス!」
レックス:(無視―テレビに没頭)
飼い主刑事:「おい!レックスってば!ぞうきん持ってきてよ!」
レックス:(無視)
テレビ画面では二頭のパンダがなにやら人間の言葉でしゃべっている。
レックス:(おもろいやないけ…)
そのうち、たまりかねた飼い主がやってきて、
「忙しいんだから、少しは協力してくれよな」
と、テレビをバチンと消してしまう。
しぶしぶ重い腰を上げ、ぞうきんをくわえてくるレックス。飼い主のそばで「(はいよ!)」と落としてから、また、そそくさとテレビの部屋に戻り、前足でリモコンをつける。
画面はパンダからチンパンジーに替わっている。
レックス:(あ、パンダ終わってら…)
突然電話が鳴る。
飼い主刑事:「おい、レックス、電話取ってくれ」
レックス:(無視)
仕方なく電話に出た飼い主刑事が「おい、事件だ」と言うと、そこはプロ、即座にテレビから離れて、相棒の刑事とともに仕事に出かけるのである。
そんなレックスがある日誘拐された。犯人の要求は、こう留されている仲間の釈放。要求を満たさなければレックスを殺すと言う。ここで、人間中心のドラマに慣れていると、つい、犬を誘拐してもあまり効果がないのではないかとか、かわいそうだけど犠牲になってもらうしか… などという考えが沸いてくるがお門違いである。あくまでも主人公は犬なのだ。犯人からの電話で食い下がる飼い主刑事。
飼い主刑事:「レックスは無事なのか?電話口に出してくれ!」
またしても、電話口に出てもワンとかクーンとしか言えないだろうに… などということは考えてはいけない。レックスが電話に出る。
レックス:クーン、ぺろぺろ…(ご主人…)
飼い主刑事:「おい、レックス、大丈夫か?」
レックスは受話器を噛んだり、舐めたりしながら、なんともけなげな様子である。
飼い主刑事:「しっかりしろ!必ず救けに行くからな」
レックス:クーン、ぺろぺろ…(すんまへん、ふがいないことで)
レックスの唾液でべとべとになっている(であろう)受話器を取り上げて犯人が言う。
犯人:「犬の命が惜しければ言うとおりにするんだな」
というわけで、窮地に立たされた飼い主刑事。結局、犯人の要求を呑んで仲間の犯人を釈放してしまう。仲間の刑事も「俺たちも一心同体だ。クビになったら、みんなで新しい職を探そうぜ」なんてことでレックス救出に加担する。ウィーンの警察はみんな良い人ばかりなのかもしれない。
結局、レックスも救出、犯人も再び逮捕というハッピーエンドに終わり、なんとも都合の良いストーリーなのだが、それでいいのである。人間中心の見方をしてはいけない。そう、犬が可愛い、それでいいのである。
下記はドラマのイントロ部分(シーズン1から10まで)。